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時間が必要 [その日の暮らし]

この間、母がフランス版の映画、美女と野獣を見たそうな。
で、感想は「最後に野獣が人間に戻るんだけれども、えって思っちゃって。」
とのこと。「えーっと・・・。この人だったのかあ・・・(微妙)」という
気持ちになったらしい。

まあ、どんな王子様が出てきても、もしかしたら「えっ」って思うかもしれない。
だって、野獣とは物語の間中のお付き合いで、しかもだんだん「いい人かも」っていう
演出になっているはず。
なので、野獣にはだんだん慣れてきているし、親しみを感じているのだ。

というところで、最後の最後で知らない人が出てくるのでびっくりする。
ということになっても不思議は無い。

そういえば、今回のディズニー版のも、最後の最後に「(今までのは)あなただったの?」っていう
きもちになった という感想を聞いたことが。

まあ、誰が出てきても、「これは誰」という気持ちになるのかもしれないね
という話をする。で、最後の最後だけ「王子様だよーん」と出てくるだけなので、
それほど魅力的な人(雰囲気ある人)は配役できないしねという話になりました。
ならば、誰が出てくれば、まあいいかーと思うかという話になったけれど、結局誰が
中に入ってても(?)、「えっ」って思いそうだという話に。

とにかく、あれは文字で読んでいたら気にならないけれど、映画になると
最後に散々野獣状態に親しんだ(なれた)ところで、知らない青年がぽっと
出てくるので多少面食らうということになるねというのがわれわれの感想でした。

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行く季節 [その日の暮らし]

杜若がしおれて、藤の話題もひと段落し、つつじの仲間が咲いている。
雁はとっくに帰ってしまい、燕は最近あまり見ないけれど、もう
子供が生まれているのだろうか。

ゴールデンウィーク辺りから蝶が飛ぶのをよく見るようになった。
あちこちにたまごを生んでいたので、きっと今頃幼虫が生まれて
植木をもりもり食べていることだろう(涙)。

真夏には花が少ないけれど、春から初夏にかけては花の多い季節だと思う。
寒さを越えて、これから暑くなっていくという季節の気分もあって、
花がたくさん目に付く。

それがつつじが満開になる頃になると、
こうしているうちに、花の季節が終わっていくのだなあと思う。

子供の頃、紫陽花がどちらかといえば嫌いだったのは、じめじめした
汚い花というイメージがあったからかもしれない。
今は品種改良されて、結構綺麗なものが多いけれど、子供の頃の紫陽花って
近くて見るとなんだかあまり綺麗じゃなかったと思う。
今は花屋さんにも切花で置いてあるぐらいで、品種もいろいろあるようだ。

花といえば。
ゴールデンウィークはお客様が来るので、いつもより生ける花が多くなって
いたようだ。そのおこぼれの花ではないけれど、青もみじをもらったので
自室の花瓶に投げ入れてある。
それがまだ枯れないでいるので、ずっとそのまま部屋に置き続けている。
これから気温が高くなると水が悪くなる時間が縮まってしまってだめかも
しれないけれど、今のところ、一日で水を替えることでなんとかなっている。

私は日常花を生けるという行動をしないのだけれど、母はそういえば、
子供の頃からよく花を生けているのを見る。
あれこれ、こうでもない、ああでもないと季節の行事の時などは
考えているのをそういえば見かけたことがある。日常ではそれほど
悩まず生けている様だけれども。たまに、子供の頃「どう思う?」
と聞かれてさっぱりわからず、「どうとかあるのか・・・。」と思っていた
ぐらい、花はさっぱりだ。

私はこんな風に、花を生ける行動が身につかなかったけれど、どうも
それは姉には伝わっているようだ。同じきょうだいでも、伝わる行動と
そうでない行動があるのが面白い。庭仕事も姉に伝わっているからかもしれないけれど。

姉はよく花を生けるようだ。花をいけるための花器が必要だというのも
姉のほうだ。そうえば、私も花器はつい買ってしまっていたが(花を生けるとき
これがいいかなと思って買う・・・。なぜ・・・。)、花を生けるという
行動が無い。

そういえば、母はイヤリングを必ずするのだが、姉にもそれは伝わっていて、
ネックレスはしなくても、イヤリングはするという(最近はする機会があまり
ないようだが)、アクセサリーとしてイヤリングという発想がある人だ。
私は無い。どちらかといえばネックレス。母はネックレス、イヤリング
をする方。ばらばらに伝わったのだろうか。

現在、私はアクセサリをつけなくなった。
若い頃は指輪をしてみたり、ネックレスをしてみたりしていて、それなりに
楽しんでいたけれど、あるとき、急に興味を失った。
きっかけがあるわけではないのだけれど。急に要らなくなってしまい、
本当は少しはしたほうがいいのだろうけれど、しなくなった。
まあ、いまとなってはしたくてもするようなものが無い(ネックレスなどは
微妙に流行があるという程度のクオリティーのものしか持っていないという
のもある)。
とにかく、したほうがよさそうなときも、したくないなあという気持ちになる。
アクセサリーをつける気分に全然ならないのだ。つけたいと思わない。

そういえば、以前はブレスレットなんかもしていた時もあったような。
でも、若い頃のそういうのは、なにかしら憧れみたいなものでつけていた
ような気がする。そういうものも、いつのまにかどこかへ行ってしまった。
その時その時によって興味のあるものが変わることもあるということだろう。







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バージョン違い 賀茂の神 [読むものと見るもの]

少し前に「賀茂」を演奏したので、小書がついて、演出違いの
舞台を見に行く。

「素働」の小書がついているので、後半とてもにぎやかになるだろう
という。
非常に楽しみにして見に行く。丁度、元気がいい、ぱっとしたものが見たかったのだ。
後半だけでなく、随所に重さを加えたバージョンで楽しめました。
そして特に最後のいかずちの神が降りてきてからは、どどーん!と
さすが雷・・・。という舞でした。どんどこどーん。

小書の素働がつくと、舞働部分が特殊になるのと、賀茂別雷の神の姿で
現れたとき、頭に霹靂をあらわす飾りがつき、とてもにぎやかな様子になります。
きらきらしていて面白いです。なにかにつけて、にぎやかなので、
最近のがっくりした気分には丁度良かったです。

鼓は流儀の違いもありで、途中「今何したのかなあ・・・」と思ったり
素働はこういう運びかあと参考になりました。でも、覚えていられるかどうか・・・。
すぐ忘れそうです。



そういえば。小さい出来事が。
なかなか派手な賀茂の神様だったな。と思って見終わったところ、
見知らぬ女性に話しかけられました。あまり無いことなので、ちょっと
驚きましたが、観劇した後というのは、なんだか、少しだけ心が
残るようなことがあるのですが(とはいえ、最近はそういうことも少なく
なりましたが)、少しだけほっこりしました。
見知らぬ人とちょっとした会話を交わすというのは、いつでもなんだか
ほっこりするものです。
それにしても、東京にいると、以前は結構あったのですが、最近では
見知らぬ人が街中でちょっとした言葉をかける(会話をする)ということが
なくなりました。

とにかく、久しぶりに、ちょっとした一言でしたが、会話がうれしく
さらに良い夜になりました。
良い夜にしてくれた女性にありがとうという気持ちになったことでした。


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いらないようなものがいらなくない話 [その日の暮らし]

落し物で思い出したのだけれど。

古い本などほうっておけばいいという考えも確かにあるかもしれないけれど、
私は「落し物」にもならないような落し物でも、結構、無いと困るものが
あるほうだ。

例えば、数ヶ月前だけれど、折り畳み傘の袋を駅へ行く途中で落としてしまい、
困ったことがある。

実はこの折り畳み傘、意外と優れもので、私は気に入っていたのだ。
買ったのは偶然で、しかも、出先で折り畳み傘を持って出たのを忘れたので
仕方がなくデパートの安売りワゴンの中から、なんとかマシなもの(もっさり
したやぼったいものが多い)を選んで買ったものだ。
傘の布部分がぺらっぺらだし、作りもやわやわしているし、骨もなんだかそれほど
しっかりしていないし、でも意外と高いしでどうしようかなともったのだけれど、
それ以上によさそうなものもなかったので買ったのでした。
最初差したときは、なんだか、やっぱりあまりしっかりしてないなあと
思ったのだけれど(骨もやわやわな軽い素材)、意外や意外。雨の日に使って傘を
たたんだら、水があまり出ないのだ。ということは、あの、ぺらっぺらの
布はぺらっぺらだけに、全然水を吸わないようになっているらしい。そしてすぐ乾く。
別に撥水というわけでもなく、水玉がぽろぽろということはないのだけれど、
ぬれていても、ぐっしょりという感じでもなく、たたんだときに水がどんどん
出てくるということが無い。ということは、布が水を含んでいないということなのだと思う。
ついているだけ。
ぺらっぺらは傘を小さくするためだと思っていたけれど、それだけではなくて、
水をあまり吸わないという働きもあるのだろう。やわやわの骨のせいで軽いし、
とてもコンパクトだし、何より、使ってすぐにたたんでとも布の袋に入れてしまえば
手提げにそのまま入れてもそれほど気にならないとっても便利な傘だったのだ。
まあ、ちょっと小さいけれど。

とにかく、そのせいで使いやすくて気に入っていて、しかも、袋はとっても重要な
役割をしていたので、袋を落としてすごくがっかりしていた。
もう、こうなったら同じものをもう一つかって、袋だけ使えばいいか(って落ち着いて)
だとか、自分で袋を作るのにはどうしたらいいのかなど考え出してしまうしまつ。

なので、帰りに同じ道を探しても無かったので、ものすごくがっかりしていた。

こうなると、折り畳み傘の袋なんて、他人から価値がないものなんて、
ふんずけられて、どこかへ行ってしまいそうなもの。きっとだれも拾って届けて
なんていないだろうなあ・・・。と思いつつ、だめもとで駅に行って聞いてみたところ


あったのですよ。誰かが届けてくれていたの。
もう、すっごくうれしくってうれしくって。袋、届けてくれた人ありがとう!

ということで、一見、別にどうでもよさそうなものでも、探している人
はいるので、やっぱり、恥ずかしがらずに届けて欲しい(こんなものとか思わないで)
とは思う。


とはいえ。
私は些細な落し物を届けるのに、ちょっとした、悲しい思い出があるのだ。
この間、古い本の落し物を届けたときにちらっと思い出したのだけれど。

小学校低学年、たしか1年生の頃だと思うのだけれど、
駅の近くで子供用らしき小さいがま口財布を拾った。とっても小さくて、子供でも

「小さいな」


と思うほど。お金を入れたくても、コインが数枚入るかどうか
といったちっちゃいものだ。でも、赤地に黒のドットでかわいい布で
作ってあるし、何より、持ち物として、なくした人はそのお財布が大事かも
しれないではないか。中身は入ってなさそうだけれども、それを拾って
駅に届けたのだ。

中身は入ってなさそうだな、と思って駅員さんに届けたところ、
ちょうどその近くを通っていた知らない男の子が、「ばっかじゃないの!何とどけてんだよー!」
と大声でからかいにきたのだ。で、駅員さんががま口を開けてみたら、10円がぽっちり
と入っていただけだったので、ますます知らない男の子が「ばーかばーか!」と
はやし始めて、本当に悲しくて泣きそうになったのでした。
駅員さんは「(届けたのは)えらいよ。」とひっそり慰めてくれたのだけれど、
私はそうではなくて、中身じゃなくて外身なのに・・・と思ったのと、やっぱり知らない男の子が
怖かったのと、「ばーかばーか」とはやし立てられて駅員さんが困ったように「まあ、届けるのが
正しいから(苦笑い)」みたいな感じになっているのがどうにも悲しくなってしまったのでした。
お金の金額じゃなくて、私はがま口を届けたのになあ。

というような思い出が思い出され、本も「これも、「ばーかばーか」かなあ。」と
思いながら届けに言ったのでした。

でも、傘袋はうれしかったので、やっぱりたまには、ばーかばーかじゃないことも
あるのではなかろうか。と思う。


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心配した話 [その日の暮らし]

この間。

ATMで。
傍らに本が置き忘れられているのを見つけた。
ちょっと迷った。古い本だし、おそらく、なくした人も
ものすごーく困るということはなさそう。しかも、ここにほうっておいても、
すぐに誰かが持って行ってしまうこともなさそう。

このままにしておいたほうがいいかな。


と思ったのだけれど、実は私は同じ場所で以前キャッシュカードを
拾ったことがある。その時は、銀行に電話して(支店の外で始業前だったのだ)聞いたところ、
所定の手続きを指示してくれて、銀行で預かってくれたのだ。

別に預けなくてもいいかな。と思いつつも、いったん目に入ってしまった
ので、つい、担当へ電話をかけてしまった。(またしても始業前)

電話口の担当者は「恐れ入りますが・・・。お客様が警察へ届けて
いただけないでしょうか。」とのこと。ええー。しまったー。
てっきり、お店で預かってくれると思ったのだけれど、こんかいは金目のものじゃない
からか???預かってくれないらしい・・・。「念のためにお名前を連絡先を・・・。」
といわれて名乗ったのだけれど、ああ、お店で預かってくれないなら、この私の
行動で、本は持ち主に返らなくなってしまうのかもしれない・・・。と思って
電話したことをとても後悔した。
だって、古い(結構昔の小説だと思う)単行本、どこかに置き忘れた場合、
警察まで届ける(落としたものの問い合わせする方)人っているでしょうか。いないと思うなあ。
だから、元のところへ置いておけば、万が一気がついた場合は、本人のところへ
(それまでに誰かが持っていってなければ)戻る可能性が高いと思う。
お店が預かってくれれば、その次ぐらいに戻る可能性が高いけれど、警察へ問い合わせるか
といえば、たぶん、諦めちゃうのではないかなあと思って。

だから、私が警察に届けることになってしまったために、本は永遠に持ち主に
戻らなくなってしまったのではなかろか。と思う。
本当はだから届けたくなかったのだけれど、銀行の人に「届けてね」といわれて
しまったので仕方が無い。
近くの交番へ行って届けました。


だから、もし本を忘れた人はぜひとも警察に言って見て欲しいのだ・・・けれど・・・。
ほんとにごめん。そんなつもりじゃなかったのに。

ということで、次回、本の場合は触らないでおくのが上策なのかなあと
思っている。どうなのだろう。
じゃ、何なら届けるほうが本人の手に戻りやすいのかなあ。
お金や貴重品以外で・・・。めがねは大事だから届けたほうがいいのかなあ。
でも、やっぱりタイミングによっては、本人が戻ってくる前に届けちゃうと
だめかなあ・・・。盗まれることはなさそうだし・・・。でも、大事なものを
ほうりっぱなしにしておくのは、他人のものでも心配だし・・・。と迷うのであった。

傘は・・・届けないのがいいのかな。
折り畳み傘とかは、次回は静観しよう。


などなど、ちょっぴり後悔している話なのでした。


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